はり療法とは
■1)東洋医学
本ページでは、はり療法(鍼治療)の「基本的な考え方」と「そのメカニズム」について話していきます。
鍼治療については、何となくのイメージはあっても、実際にどのような理論体系に基づいて行われているのかまで知る機会は、あまり多くないように思います。 鍼治療を少しでも知ることで、東洋医学をより身近に感じ、活用していくきっかけになるはずです。 また、治療中の方にとっても、ご自身の治療により前向きに向き合う後押しになるはずです。
鍼治療は、「東洋医学に分類される伝統医学の一分野」です。 その歴史は古く、「黄帝内経(こうていだいけい)」といった古典を基礎とする伝統的な理論体系となります。 現在は、西洋医学が主流となり、鍼治療は「相補代替医療(現代医療を補う医療)」の一つに位置付けされています。 また、現代的研究手法(統計学)を用いた研究も進められており、伝統理論だけでなく、客観的な検証という側面からもその有用性が検討されています。
■2)陰陽・五行
陰陽は、単なる二分法ではなく、「対立、互根、制約、消長、転化、可分という特徴を持つ動的な関係」です。
- 対立:反対の性質を持つ
- 互根:お互いを前提に成り立つ
- 制約:行き過ぎを抑えあう
- 消長:増えたり減ったりする
- 転化:一定条件下で性質が変化する
- 可分:分けることができる
五行は、「木火土金水の五つのエレメント」と考えられています。 それぞれ独立しているのではなく、互いに生み出し合う「相生(そうせい)」、抑制し合う「相剋(そうこく)」関係のなかで全体の調和を保っています。 そのバランスが崩れ、過剰に他方を相剋するような関係を「相乗(そうじょう)」、逆に過剰に反抗するような関係を「相侮(そうぶ)」といいます。
- 木:肝(木)は心(火)を助け、脾(土)を制約する
- 火:心(火)は脾(土)を助け、肺(金)を制約する
- 土:脾(土)は肺(金)を助け、腎(水)を制約する
- 金:肺(金)は腎(水)を助け、肝(木)を制約する
- 水:腎(水)は肝(木)を助け、心(火)を制約する
原則は、「この陰陽・五行の調和を保つこと」が大切となります。
■3)病因・病機
東洋医学では、身体の状態を「虚実(きょじつ)」という観点から「証(しょう)」を捉えます。 「虚証(きょ)」は、気血や臓腑のはたらきが不足している状態で、「実証(じっしょう)」は、病邪が強い、あるいは気血の滞りなどによって身体に余分な負担がかかっている状態を指します。 また、同じ症状に見えても、虚実の違いによって治療の考え方は異なります。
- 虚証(きょしょう):多くは慢性的で、比較的弱い症状
- 実証(じっしょう):多くは急性的で、比較的強い症状
東洋医学では、身体の状態を「寒熱(かんねつ)」という観点から「証」を捉えます。 「寒証(かんしょう)」は冷えや機能低下を示す状態、「熱証(ねつしょう)」は熱感や炎症、興奮などを示す状態をいいます。 また、寒熱によっても虚実があり、治療の考え方は異なります。
- 虚寒証(きょかん):身体を温める力やエネルギーが不足し、冷えがあらわれている状態
- 実寒証(じつかん):寒邪が強く入り込み、余分な冷えによって不調が起きている状態
- 虚熱証(きょねつ):身体を潤したり冷ましたりする力が不足し、熱症状があらわれている状態
- 実熱証(じつねつ):熱邪が強く盛んで、炎症や興奮などの熱症状が強く出ている状態
そのほか、「外因/六淫(がいいん/ろくいん)」や、「内因/七情(ないいん/しちじょう)」、「不内外因(ふないがいいん)」も身体のバランスを乱し、不調の原因になると考えられています。
- 外因(六淫): 風・寒・暑・湿・燥・火など、外界の影響によるもの
- 内因(七情): 怒・喜・思・憂・悲・恐・驚など、感情の偏りによるもの
- 不内外因: 飲食の乱れ、過労、外傷など、外因・内因のどちらにも当てはまらないもの
■4)はりの治療原則
東洋医学では、身体の状態を見極めたうえで、それに応じた治療法を選びます。 不足しているものを補い、低下したはたらきを助ける方法を「補法(ほほう)」、過剰なものを取り除き、亢進した状態を鎮める方法を「瀉法(しゃほう)」といいます。 虚実や寒熱などの状態に応じて、補うべきか、瀉すべきかを判断することが大切です。
- 補法(ほほう):不足しているもの「虚」を補う方法(主に弱刺激)
- 瀉法(しゃほう):過剰なもの「実」を取り除く方法(主に強刺激)
東洋医学における「天地人(てんちじん)」は、「刺鍼の深さ」や「作用する層」を考えるための見方の一つです。 浅い位置を「天(てん)」、中くらいの位置を「人(じん)」、深い位置を「地(ち)」とし、症状や目的に応じて使い分けます。 同じ経穴であっても、どの深さをねらうかによって、与える刺激や期待する作用が異なると考えられています。
- 天:浅層、皮毛・皮部
- 人:中間層、筋肉
- 地:深層、骨・臓腑
東洋医学では、身体には気血の流れ道である「経絡(けいらく)」が巡っていると考えられています。「経穴(けいけつ)」は、その経絡上にある反応点・治療点であり、一般には「ツボ」として知られています。経絡の走行を「流注(るちゅう)」と呼び、流注と症状の関係は、治療方針を考えるうえで重要な手がかりとなります。 このように、鍼や灸では、症状のある部位だけでなく、関連する経絡や経穴を選ぶことで、全身のバランスを整えながら治療を行います。
- 経絡(けいらく):気血が巡る通り道のことです。
- 経穴(けいけつ):主に経絡上にある反応点・治療点で、いわゆるツボを指します。
- 治療への応用:症状のある場所だけでなく、関連する経絡や経穴を使って全身を整えます。
鍼治療は、「身体の状態(虚実)を見極めた上で、経穴に対してアプローチをしていく治療体系」といえます。 そのため、「鍼の深度や方向(天地人)」や「刺激の種類(補瀉手技)」、「経絡の走行(流注)」などが大切な治療原則となります。
■5)重要なポイント
さいごに、鍼治療の重要なポイントは、「治神(ちしん)」と「得気(とっき/とくき)」です。
東洋医学における「治神(ちしん)」は、「精神状態(神)を治める(治)」という意味です。これは、「単に施術前の心構えを指すだけではなく、精神面も含めた全身の状態を整えつつ治療を行うことが重要である」ということを示しています。そのため、患者さんだけではなく、鍼をする施術者にとっても重要な要素です。
例えば、施術者が集中していなければ、見立てのみならず、治療原則で述べた鍼の深度・方向、手技などがおろそかになるはずです。そうなると、治療効果は限定されてしまいます。 また、患者さんが強い不安や過度な警戒を抱えていたり、最初から施術を受け入れる姿勢が整っていなかったりする場合には、十分な反応を引き出しにくくなる可能性があります。加えて、治療全体に十分向き合わないまま施術を受けたり、通院頻度を自己判断で大きく変えたりすると、治療成績に影響する可能性があります。
| 治神(ちしん) | ||
|---|---|---|
| 治神とは | 患者さんの精神状態を整え、術者も意識を集中して施術にあたること | |
| 治神の重要性 | 凡刺之法,先必本於神 (およそ刺鍼の法は、まず必ず神を本とする) 『黄帝内経霊枢』本神篇第八 |
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| 凡刺之真,必先治神 (およそ刺鍼の真髄は、まず神を治めることにある) 『黄帝内経素問』宝命全形論第二十五 |
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| 一曰治神 (第一に大切なのは、神を治めることである) 『黄帝内経素問』宝命全形論第二十五 |
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東洋医学における「得気(とっき/とくき)」は、「鍼刺激に対して身体が適切に反応し、鍼独特のひびき感が得られた状態」を指します。 古典では、「刺之要、氣至而有效(刺鍼の要点は、気が至ってはじめて効果が現れる)」とも述べられており、「ただ刺せばよいのではなく、気が至ること、すなわち身体に適切な反応が現れることが重要」とされています。 そのため、臨床においては、この「得気」がとくに重視されています。
もっとも、得気が強ければ強いほどよい、というわけではありません。患者さんの体質や病態、そのときの心身の状態によって、適切な刺激量や反応の現れ方は異なります。したがって、身体の反応を丁寧にみながら、その方にとって適切な得気を得ることが大切です。反対に、刺激量が不足していたり、手技や深度・方向が病態に合っていなかったりすると、十分な反応が得られず、治療効果が限定される可能性があります。
| 得気(とくき:鍼独特のひびき感) | ||
|---|---|---|
| 得気の種類 | 「麻(しびれる)」「脹(はる)」「酸(だるい)」「重(おもい)」 | |
| 得気の重要性 | 刺之要、氣至而有效 (刺鍼の要点は、気が至ってはじめて効果が現れる) 『黄帝内経霊枢』九鍼十二原篇第一 |
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このように、鍼治療とは、「単に鍼を刺すだけのもの」ではありません。施術者と患者さんが二人三脚で積み重ねてこそ、はじめて成り立つものです。この前提が損なわれれば、良質な鍼治療は成り立ちにくくなります。鍼治療を検討している方や、現在受けている方にとっても、この点を知ることは、ご自身の治療をよりよいものにする一助となるはずです。
鍼の作用機序
鍼治療によって、鍼をした局所だけでなく、中枢(脳)を介したさまざまな反応が引き起こされることで、症状の軽減をはじめとする良い変化が生じます。また、これらの作用は複数が組み合わさって働くと考えられています。臨床的・生理学的に整理すると、鍼の効果の主要メカニズムは以下に集約できます。下記ボタンをクリックすると、各作用の詳細をご覧いただけます。
■1)軸索反射による局所血流改善
局所の血流を改善し、痛みや回復に働きかける作用
鍼をすると、その周囲の神経や血管に反応が起こり、刺激した部分の血流がよくなることがあります。 その結果、痛みの原因となる物質がたまりにくくなり、筋肉や組織の回復も進みやすくなると考えられています。
- 鍼刺激
- Aδ線維・C線維(感覚神経)が興奮
- 逆行性にカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)、サブスタンスP(SP)放出
- 血管拡張・局所血流増加(flare)
- 発痛物質クリアランス促進(洗い流し)
- 局所での痛みが軽減
■2)体性―自律神経反射 / 体性―内臓反射
自律神経を介して全身の調整に働く作用
鍼の刺激は、刺した場所だけでなく、神経を通じて脳や自律神経にも伝わります。 そのため、血流、胃腸のはたらき、睡眠、緊張の強さなど、身体全体のバランスを整える方向に働くことがあります。
- 鍼刺激
- Aδ線維・C線維(感覚神経)が興奮
- 脊髄後角 → 脳幹・視床下部(自律神経中枢)へ伝達
- 中枢で自律神経バランスが調整
- 身体機能の遠隔的な調整
■3)下行性疼痛抑制系の賦活
体内の鎮痛システムを介した作用
鍼の刺激が脳に伝わると、脳の側から「痛みを抑える仕組み」が働きやすくなることがあります。 つまり、痛みそのものが弱まるというより、痛みを感じにくくするブレーキが体の中で働くイメージです。
- 鍼刺激
- Aδ線維・C線維が痛み情報を脳へ伝達(上行)
- 中脳中心灰白質(PAG)で内因性オピオイド(βエンドルフィン等)が産生
- セロトニン(5-HT)・ノルアドレナリン(NA)系が賦活(下行性抑制線維)
- 脊髄後角で痛み信号を抑制
- 痛みの感じ方が低下
■4)局所単収縮反応(LTR)による筋緊張改善
筋肉の過緊張をやわらげる作用
硬くなった筋肉や、いわゆるトリガーポイントのような場所に鍼をすると、筋肉がピクッと反応することがあります。 この反応をきっかけに、過剰に入っていた力みがゆるみ、筋肉の血流や動きが改善しやすくなると考えられています。
- 鍼刺激
- 筋紡錘(Ⅰa求心性線維の受容器)が反応
- Ⅰa線維 → 脊髄へ伝達
- α運動ニューロンを介して反射性収縮(LTR)
- 異常な筋緊張がリセット
- 筋血流の回復と痛みの軽減
■5)アデノシンA1受容体を介した鎮痛
局所で痛みを抑える物質を介した作用
鍼をした部分では、細胞のまわりで痛みを抑える方向にはたらく物質が増えることがあります。 その結果、刺激を受けた場所で痛みの信号が出にくくなり、局所のつらさがやわらぐと考えられています。
- 鍼刺激
- 組織内のATPが分解されアデノシンが増加
- アデノシンA1受容体(A1R)が活性化
- 末梢侵害受容の神経活動が抑制
- 局所での痛みが軽減